飼い犬にかまれ続けて

勝手気ままにライトノベルの感想を書いています。

「救世主の命題(テーゼ)」感想

救世主の命題(テーゼ) (MF文庫J)

〈あらすじ〉
第一のテーゼは"憧憬"!
永野歩は自分とは真逆の、万能の弟のせいで日の当たらない人生を過ごしてきた高校生。初恋のクラスメイト・遥菜に、なけなしの勇気を振り絞り告白したものの見事に玉砕してしまった。だが、すっかり世を諦めていた彼の前に現れた美貌の上級生・ルーメによると、歩は滅亡する未来の地球を救う"救世主"だという! 五人の少女と恋をし、心を通わせ、五つのテーゼを手中にしたとき歩は真の力を発揮する。まず一人目に落とすべくは、――今しがた失恋したばかりの遥菜!? 歩の戦い(恋)が始まる!

ツッコミどころは多々ある。
読者を納得させる丁寧な心理描写があったかといえば、苦笑いするしかない。しかしそれでも、この恋が何処に向かって行くのか。そしてその恋の終着点で何が起こるのか。それを確かめるために、ページを捲ってしまう力強さがあった。

視界に入れると思わず顔を顰めたくなるほどの根暗主人公が、クラス一の美少女に恋をして…そして敗れた。それも手酷く。ひとりの女の子に振られたことで、恨み言をブツブツというこのヘタレな彼…永野歩は、近い未来、王になるという。そう語るのは、魔力に目覚め魔法を行使出来るようになった未来からの使者で、ミステリアスな雰囲気を持つ美少女ルーメ。更に彼女は未来のことを語る。歩は未来で起こる世界の危機に「本当の恋を知らない」せいで対抗する魔法を使えず、世界は滅びることになる、と。過去の歩に「本当の恋」知って貰うため、ルーメは彼に五つの恋の命題を与える。その一番手…恋を成就させないといけないお相手は、なんと歩を振った遥菜であった。

女の子に振られるのも当然な根暗少年。いや、ほんと周囲の人が出来の良い歩の弟と比べて「こいつは駄目だ…」と思う気持ちが、主人公サイドの視点を通してさえ感じるほどなのだから。自分が振られたのも他人のせい。常に世界に対して無意味な罵声を浴びせて成長しようとしなかったヘタレを代表する歩に、突如世界の救世主としての責任がのしかかる。

歩が達成しなくてはならない恋路は五つ。それぞれに対応する『命題』を持つ少女たちとの恋を通して、歩は本当の恋を知って行くことになる…たったひとつでさえ、早々に敗れてしまった歩にはあまりにも高すぎるハードル。しかも一番最初に『攻略』しないといけないのが、遥菜だというのが辛い。うだうだ言いながらも、それでも遥菜に未練のある歩は、拍子抜けするほど歩を振ったことを気にかけていない遥菜…というか、読者諸君を直ぐにお気づきかと思うが、振られたと歩が勘違いしていたに過ぎないため、そりゃあ明るく素直に歩に接してきますわ。

そんな歩と遥菜の関係がぐるりと変わるのは、物語が後半に突入する頃。遥菜の本当の顔が披露され、彼女がどれほど「残念」な女の子であるかを歩が痛感する。この時から、この物語の本当の始まりでもあり、読者が溜め込んだストレスを吐き出すことの出来る展開が待っている。遥菜との密接な関係を通じて成長する様は見ていて気持ちが良い。しかし同時にいったいいつ歩がボロを出すのか心配になり、やはり失敗してため息を吐いてしまうものの、それでも今の歩なら乗り越えてくれると期待してしまう。これって親心でしょうか。

恋の成就。その先に待っている想いは、とても切ない。それでも確かに歩が前に足を踏み出しているのが分かるから、暗い気持ちにはならない。残りの命題は四つ…でもMF文庫Jの「仕様」を考えると、尺が足りなくなる可能性が多いにあって、その方が心配なんですけどね…。