飼い犬にかまれ続けて

勝手気ままにライトノベルの感想を書いています。

「棺姫のチャイカ III」感想

棺姫のチャイカIII (富士見ファンタジア文庫)

棺姫のチャイカIII (富士見ファンタジア文庫)


物語にひとつのテーマを据えて仕上げるこの力。恐れ入ります。
人を信じること。トールが、チャイカが、アカリが、強い絆で結ばれる話でした。

温泉に入り休養を取るトール。そこに前回から同行者に加わった装鎧竜で金髪美少女のフレドリカとチャイカまで入り込み、更にはアカリまで一緒になって温泉に入り、各ヒロインの裸体描写とともに改めてキャラクター紹介する最初の掴みの良さは流石ベテラン作家。
フレドリカにチャイカの正体を伝えたことで「記憶喪失のチャイカの何を信じてガス皇帝の娘だと思ったのか?」と指摘され、その疑問がトールの心を波立たせる。『チャイカの願いを叶える』ことが今トールの生きる糧になっていてそれが自己満足で成り立っているため、チャイカがガズ皇帝の娘か否かは実のところ関係はない…とはいえ、チャイカは己の目的である『ガズ皇帝の遺体を全て集める』ことさえ叶えられれば、トールもそしてアカリも捨てられてしまうのではないのか、という疑念に心が揺れてしまうのは人間なら仕方のない心理。そんな疑念を持ってしまったからこそトールは、自分とは違い確たる目的のないアカリに「何故チャイカの願いに手を貸すのか?」と聞いたのだろうが、愚問だったね。それはもう信じるトールのために決まっているじゃないか。それ以上の理由はアカリにいらないんだよ。

ガズ皇帝の遺体の一部を持つ『八英雄』のひとり、シモン・スカニアが潜む『還らずの谷』へ。その名の通り、霧に覆われた谷は一度はいると二度と帰ってこれなくなる谷。その谷を見られる崖でジレット隊と交戦となり、お約束のように全員で『還らずの谷』に転落し、ガズ皇帝の遺体の魔力を使ったシモンの虚構の世界に呑み込まれてしまう。虚構の世界で見せられたチャイカの幻覚の裏切りがトールの心を犯すが、しかしチャイカを想いチャイカを裏切ることなく信じて心を戻したトールの心が熱い。またアカリがトールを想う心も受け、完全に吹っ切れたトール。魔法師としてのチャイカを信じ、それにチャイカも応えて、シモンの魔法を打ち破る。最後まで人を信じることをしなかったシモンが、三人の絆とは対極的で哀れであった。

トール一行も気に掛けていたことで読み手も引っかかり始めるところであるが、ガズ皇帝の殺害に成功した『英雄』たちにしては『八英雄』のその後は華々しいものではなく、寧ろどれも鬱屈とした末路になっている。その疑問に関して『八英雄』はそもそも性格に難がある者達で構成された特攻部隊であったこと、またガズ皇帝の遺体の魔力に触れて精神を狂わされた等あったが、この答えは今後登場する『八英雄』とガズ皇帝という人物が何者であったとともに語られていくのであろう。

最後にはジレット隊の絆も見られて心が温まった。敵ではあるものの、憎めないのはこういう人間的な側面があるから。
今回トールが信じなかったのは『虚構世界で見たチャイカと結ばれる未来』だけ、という事実にむくれているチャイカを見るに意識はしているんだな。こちらの面もどう発展するか楽しみ。