飼い犬にかまれ続けて

勝手気ままにライトノベルの感想を書いています。

「灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ」感想

灰と幻想のグリムガル level.1 ささやき、詠唱、祈り、目覚めよ (オーバーラップ文庫)

〈あらすじ〉
おれたち、なんでここでこんなことやってるんだ……?
ハルヒロは気がつくと暗闇の中にいた。何故こんなところにいるのか、ここがどこなのか、わからないまま。
周囲には同じように名前くらいしか覚えていない男女、そして地下から出た先に待ち受けていた「まるでゲームのような」世界。
生きるため、ハルヒロは同じ境遇の仲間たちとパーティを組み、スキルを習い、義勇兵見習いとしてこの世界「グリムガル」への一歩を踏み出していく。その先に、何が待つのかも知らないまま……。
これは、灰の中から生まれる冒険譚。

十文字青さんの描く物語はしっかり腰を据え、準備万端の状態で読みたかったこともあって、ちょっと出遅れました。
その間に聞こえてきた評価の中に「俺よえええ」と言うものがあった。「俺つえええ」ではなく、その反対?
読み終わってみれば、なるほど、この物語を的確に捉えたフレーズであると納得。そう、この物語の中には等身大の「人間」たちがいるのだから。

意識が覚醒した瞬間、彼等は闇の中にいた。そこは洞窟。訳も分からずそこから出た彼等を待っていたのは、見知らぬ世界だった。
違う。それどころの話ではない。彼等12人は自分の名前以外の記憶を失い、持っているものといったら衣服の他は何もない。本当に…何もない。
その12人の中に、少年ハルヒロはいた。これといった特徴のない、普通の少年。ハルヒロは状況に流されるまま、この世界で生きていくため、皆と同じように『義勇兵』になるべく、見知らぬ世界での日常を開始する。「余りモノ」たちでパーティーを組むことになったハルヒロは、「日常を生きる」ということが、いかに過酷なものであるかを知っていく。

見知らぬ世界。ゼロからスタートした主人公であるが、秘められた力を有していて、それが覚醒、次々現れる強敵を蹂躙するように倒して行く物語…ではない。では、努力を重ねながら最後には隠された力が発揮される物語なのか…これも違う。

まさに王道のRPGと似たような設定を取り入れた世界観。戦士に神官、魔法使いに狩人といった『義勇兵』たちの職業。学んだスキルを有効に使うため、モンスター相手に熟練度をあげて行く。見渡す限り「ゲームのような」世界だ。それだけに、ハルヒロたちに突きつけられる「現実」の厳しさが浮き上がる。ハルヒロたちはこの世界…『グリムガル』に放り出され、本当のゼロから一歩一歩…いや、そんな順調な歩みではない…たった半歩前に進むのでさえ命懸け。都合の良い状況は一切用意されず、努力しても報われず、愚痴を零し、血に塗れ、己の無力さに挫けそうになりながらも、それでも最後にはこのどうしようもない状況から抜け出すことを目指して踏ん張り続ける。

最初に言った通り、この物語はハルヒロを中心に「人間」が描かれている。この落ちこぼれパーティーの中に「超人」は存在しない。そして「人間」がいるのならば、当然その関係性が描かれることになる。
それが「仲間」だ。
非力なハルヒロたちが持つ、唯一と言ってもいい確かな力。しかしハルヒロたちは「仲間」の尊さ、強さ、絆になかなか気付くことはない。そんなものがある、ということさえ思い至らない。日々生きることに追われ、目の前にあるものしか見ず、振り向くことも、周囲を見回すこともしない。極端に狭まった視野で、「仲間」は見ることなんて出来やしないんだ。

ある段階で、ハルヒロたちはようやく仲間の大切さに気付く、気付かされる。
そこからハルヒロたちの物語がスタートする。客観的に見て、決して高いとは言えない目標に向かって全力でぶちあたる。それでも彼等は六人にとって、破壊して価値のある目標であることは、これでもかってくらい読者に伝わってくる。手に汗を握り、呼吸が震えるのを抑えて、目を見開いて戦いの行く末を見守る。こんなに緊張して本を読むのはないよ。

まだスタートラインに立ったばかりのハルヒロたちの行き先と、世界の命運が何処で交錯することになるのか…まだ予想することはできない。それでも、こいつ等なら何かしでかしてくれると信じられる「仲間の力」を、僕は確かに見たんだ。