飼い犬にかまれ続けて

勝手気ままにライトノベルの感想を書いています。

「カクリヨの短い歌」感想

カクリヨの短い歌 (ガガガ文庫)

〈あらすじ〉
もし「歌」について語る機会があるのならば、断絶という一語で足りてしまう。
遠い遠い昔に生まれた「歌」は、ある時に一首の例外もなく幽現界(カクリヨ)に消えた。それから後に、僅かずつではあるが「歌」は還ってきたが、昔の人たちのようにただ無邪気に楽しむことはできない。
「歌」のありかたは、根本から変わってしまったのだ。白髪の青年・祝園完道と類なき天才歌人・帳ノ宮真晴の命運が交錯する
――失われてしまった和歌を仲立ちに。新星、大桑八代がおくる・三十一(みそひと)文字(もじ)を巡る物語……。
第7回小学館ライトノベル大賞ガガガ大賞受賞作。

『新人賞』は売れる作品探しの場ではなく、これからの成長を多いに期待したい人材の発掘の場である、という考えからすれば、非常に力のある書き手が織り成す物語であった。題材は気にせず、ただ面白さのみを追求したところを見るに、やはりガガガ文庫の新人賞は揺るぎないものがあると確信させてくれる。

五・七・五・七・七。
この数字が何を意味するか、学のない僕でも分かる。短歌。和歌。
歌には力がある。まるで魔法のような。禍歌と呼ばれる現世にて超常現象を引き起こし、人を傷つける力ある…災いの歌。
数多の歌を管理する祝園の家、当主・完道とそのお付きの少女・藍佳。そして完道の幼馴染である帳ノ宮真晴は、祝園の歌を求め、禍歌を奏でる。

まず冒頭を読み始めて、不安になる。果たしてこの作品を読み切ることが出来るのか…和歌に関する知識もなく、硬い文章から歌い出した始まりを見て、まずそう思った。
しかしそれは杞憂に終わり、いつの間にか吸い寄せられるように、この物語から目を離せずにいた。淡々…というよりも粛々と物語を紡ぎ出す文章、そのひとつひとつを読み込んでいく。この文章は硬い訳ではなかった。読みにくい訳ではなかった。丁寧なのだ。だから読んでしまう。スッと頭の中に情景が染み渡っていく感覚はとても心地良い。

完道と真晴。なかなか再会しない二人を中心に、その人物像を濃厚に描き切る物語作り。何処か諦観したような浮世離れした雰囲気を纏う完道と、歌に取り憑かれたかのような言動をして、その存在感を他者に植え付けていく真晴。正反対の気質の二人にある共通項は『歌』のみで、一方はそれを「くだらない」と言い、もう一方は「すばらしい」と語る。どちらの意見が正しいとか、そんなことはお構いなしに、二人の居場所は徐々に近づいて行き、再会を果たした時には、読者はこの二人がどういった人間であるかを知っていることになる。しかし僅かにある二人の掴みどころの無さが、どのような終わりに導くのか…実に読者をハラハラとさせてくれる。

そんな二人の仲立ちをするのは、歌ではなく、獣の少女、藍佳ではないだろうか。見た目以上に幼い精神の愛らしい彼女は、見ているだけで、温かい気持ちになれる。それは完道にしても、真晴にしても、同じ想いだったのではないか。だからこそ、血に塗れた最後にならずに済んで良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。

ガガガ大賞ここにあり。
それは見せつけて頂いたことに嬉しさを覚えながら、大桑八代さんの次回作に期待したい。